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2012年6月
フォルテピアニスト平井千絵&チェンバロ製作家太田垣至
"林田直樹のカフェフィガロ"大好評です!

第2回1820年製ウィーンの『ローゼンベルガー』(6月5日更新)
お聴き逃しなく!


2012.06.11

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.18

こんにちは!
フランスの人気ヴァイオリニスト、ジュリアン君とのツアー、もう来週に迫ってきました!東京は意外に涼しいので、来日したらびっくりするかな。
今日は、当日お配りするプログラムノートの一部を載せてみます。

******************

今日演奏するのは、古典派と言われる時代の作曲家モーツァルト、ベートーヴェン、そして初期ロマン派の時代に生きたシューベルトの曲たちです。現在は「ヴァイオリン・ソナタ」、と呼ばれていますが、実は原題を見ると、「ヴァイオリン伴奏付きフォルテピアノのためのソナタ」であり、あくまでフォルテピアノが主役であると強調されています。それより前の時代に流行っていたのは、ヴァイオリンが主役で鍵盤楽器は伴奏役(通奏低音を受け持つ)、という形式でしたので、この新しい形式は、人々の耳目を引き、人気を集めるものとなりました。とはいえ、ヴァイオリンが単純な伴奏役のみ受け持っていたのは、モーツァルト神童時代の作品。今日お届けする2曲は、ヴァイオリンがもはや、うんうんと相づちを打つだけの役目から脱し、対等な立場でフォルテピアノと会話を交わすように書かれています。音量や音質の点でも、現代ピアノと比べて自然なバランスが取れるので、わたしは、フォルテピアノで演奏し始めてから、より対等に会話を楽しんでいるような気がします。どうぞ、当時の伯爵邸でのサロンコンサートの模様など、ご想像いただきながらお聴きいただければと思います。最後までお楽しみください。


モーツァルト:ヴァイオリン伴奏付きフォルテピアノのためのソナタ ト長調KV379 (ヴァイオリン・ソナタ第35番)
フォルテピアノの雄大なソロから始まり、途中、疾風怒濤のト短調のアレグロ部分もフォルテピアノが音楽をリードします。鍵盤の最高音から最低音まで縦横無尽に使い尽くす、ヴィルトゥオーゾ・モーツァルトの面目躍如といったところでしょうか。ちなみに、父レオポルド・モーツァルトへ書き送ったところでは、たった一時間でこのソナタを作曲し、翌日の演奏会では書き下ろす時間がなかったので、フォルテピアノのパート(モーツァルトが演奏した)は白紙のままで、頭に入っている音符を演奏したということです。ウィーン時代の、充実した作品群のひとつ。


モーツァルト:ヴァイオリン伴奏付きフォルテピアノのためのソナタ ホ短調 KV304 (ヴァイオリン・ソナタ第28番)
マンハイムでの就職活動もうまく行かず、次に目指すは音楽の都パリ。そこでも就活は思うように行かず、最愛の母が病に倒れ、異国の地で亡くなります。溢れ出す楽想を抱えながら哀しみと対峙する、モーツァルトの心の葛藤があらわれたような第1楽章、切ないほどの透明な美しさをたたえた第2楽章から成ります。

2012年5月

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.17

こんにちは!
元気にオランダから戻ってまいりました。
毎日のリハーサルの合間をぬって、近くや遠くの教会に出かけたり、オランダの大切な友人達に会ったり。
リチャージして、エネルギー全開です。

土曜日の演奏会は、おかげさまでフルハウス。
使用したのは、ベームという1825年頃のオリジナル(アンティーク)のフォルテピアノ。
ウィーンらしい、キラキラした高音と、ボリュームのある低音部が魅力的な、パワーのある楽器です。
ペダルが4本あるのはこの時代のピアノの特徴です。
前半はわたしが高音部を、後半は交代して、スタンリーが高音部を担当。
モシェレスのピアニスティックなソナタから、メンデルスゾーンのそのままオーケストレーションできてしまいそうなアレグロ・ブリランテで前半を終了。
モシェレスのソナタは、ショパンとリストが共演したことで有名です。
(さぁ、どちらがどっちのパートを弾いたでしょうか?!)

後半はシューベルトのあの長大なグラン・デュオを。
フォルテピアノ科学生時代、アメリカ人の同級生と組んでいた連弾デュオで、
マルコム・ビルソンさんの公開レッスンを、この曲でオランダで受講したことがあります。
指導する方も、される方も、聴講している方も、感動して泣きそうに何度もなった、素晴らしい曲です。
今回も、スタンリーとのリハ中、何度もじーんとしてしまいました。
が、その長大さ、難解さゆえに、なかなか演奏されません。
お客さんの中には、どうしてもこの曲が聴きたかったからと遠方からいらした方もいました。
素直な呼吸で、素直な気持ちで、相手を尊重しつつ、音楽のドライブ感を決めるハンドルは自分が握る、という感覚が、
わたしなりの低音部を受け持つときの心構えのようなものです。
あと、場所を譲り合う、ということも大切な基本ですな。
指を指で踏んだり、肘鉄を食らわせたり、脇腹をどついたり。
そういう穏やかでない行為は慎んだ方が、色々な面でうまく行きます。
・・・これが、この当たり前のように思えることが、身体性が違うもの同士だと、なかなか難しいのです。
演奏中の相手の体や腕の動かし方、座り方によっても、弾きやすさが変わります。
ほんのちょっとの微細な違いが、大きな差となってあらわれ、還ってきます。

オランダ流お決まりごとではありますが、スタンディング・オーベーションで幕となりました。
(そうそう、この“褒め上手”な習慣のせいで、仕事始めたばっかりの頃は伸ばして貰ったなぁとおもいます。)

さて!6月12日からのジュリアン・ショーバンくんとの3回のコンサートも楽しみたいとおもいます!


そしてそして。林田直樹さんのインターネットラジオ カフェ・フィガロに
出演します。フォルテピアノ製作家の太田垣 至さんを交え、4台の楽器を弾きながら、
いろいろおしゃべりしています。
放送日は 5月29日、6月5日、12日の3回です。

20時更新ということですが、聞き逃しても、その日以降しばらくはどの時間でも
聴けるようです。自分の声を聞くのは好きじゃないですが、フォルテピアノを少しでも身近に感じていただければ嬉しいです。
今週はピアニストの江口玲さんと、タカギクラヴィアの高木さんが出演していらっしゃいます。
1912年のホロヴィッツのピアノ、わたしも弾かせていただいたことがあります。個性的で、まばゆいばかりに輝くような音色のピアノ。
その、個性的、というところが素晴らしいですよね。
世界に一台しかない音色、というところが。

自分も、世界にひとりしかいない存在なんだということに自信を持って、自分にしか出来ない音楽を発信していけたらと思います!
←ちょっとオランダから帰って来て、気持ちが大きくなっているようす。

ではまた来週!
 

2012.05.28

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.16

みなさま こんにちは!

ただいま4ヶ月ぶりのオランダ滞在満喫中です。
天気予報を裏切って、毎日晴天。
気温は低くても、陽差しがからっと(あ、日本に比べて、ですよ)して、
気持ちいい!マロニエの花が、煉瓦色の教会をバックにして、
藤の花と競い合うように咲き誇っています。
街路のいたるところに大木が無造作に茂る。
これだよねーーーこれこれ。この無造作感。

今回は、オランダは当たり前でも、日本ではなかなかできないことを
ばんばんやろう、と決めて来ましたので、まず初日からマーケットに
繰り出して、スズキと鱒をゲットし、オーブン焼きにしました。
ディルやコリアンダーの生が安く手に入るのも嬉しくて、
思わずバスケットいっぱいに買い・・・過ぎました。
ぶどうもいちごもパプリカ一盛りも1ユーロ!オレンジはキロ買いして、
帰ってジュースに。

明日はトライアウト。土曜日はいよいよコンサートです。
連弾の楽しさの一つに、お互いを真似しあえる、っていうことがあります。
すぐ隣で弾きながら、聴きながら、相手の作った表情を真似したりわざと
全然違うことをしたり。はたまた、同じ表情付けなんだけれど音色だけ変えたり、
音色をそっくりまねて、全く違うことをやってみたり。
とはいえ、スタンリーのあの深い音色を真似するのは、なかなか難しい。
リハーサル一回一回が宝です。
シューベルト、メンデルスゾーン、モシェレス。どれをとっても素晴らしい
曲ばかり。太陽に感謝して、がんばります!

 

2012.05.16

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.15

みなさま こんにちは。
昨日は、初めてのインターネットラジオの収録でした。3台のフォルテピアノとクラヴィコードを並べ、たのしく終了。
ナビゲーターの林田直樹さん、収録の合間にちゃくちゃくとtwitterでツイートしてくださって、ありがたい!けど、なんだか照れました!
フォルテピアノの魅力をいろいろな角度から、たくさんの方に知っていただけるよう、これからもフォルテピアノを広める運動を進めてまいりますので、どうぞみなさま、応援よろしくお願いいたします!

もうすぐオランダに飛びます。
いっぱいに広がる牧草地に、茶色と白のツートンカラーの牛さんたちや、たくましいお馬さんたち、もこもこぽこぽこと羊さんたちが点在するあの風景がまた見られるかと思うと、嬉しくてたまりません。
たった4ヶ月弱離れていただけなのに、こんなにオランダLOVEだったなんて、自分に自分が驚いています。

2年前に続き、この教会で再びスタンリー・ホッホランドさんとの連弾コンサートをします。
昨年も出演する予定だったのですが、出産と重なったため、スタンリーさんのソロに変更していただきました。
ここの教会、フォルテピアノにはちょっと残響が長すぎるし、石造りなので硬い響きになってしまうのですが、天然の(?!)自然な響きが魅力的です。

現代ピアノと違って、フォルテピアノは通常、コンサートホールには置いてありません。ので、自分の楽器を持ちこんだり、借りたりします。スタンリーとわたしのコンサートのときは、必ず、スタンリーの楽器を運びます。わたしのレコーディングでもお世話になった、ハンスさんが運搬と調律を担当するのが常となっています。しかし、スタンリーも、それからわたしも(!!!)、忘れ物の王者。そして、ハンスは遅刻の常習犯。出発のときのテンションは、想像を絶するものがあります。"譜面立て、持った?!""車に入ってる!""このスティックは持ってかないの?!""違う、それは今回使う楽器用じゃない!""じゃ、このチューニングハンマーは?!""あー、忘れてた!!"と、スタンリーの広いスタジオの中を半ば怒鳴り合いながら、走り回るというシーンが毎度のように繰り広げられます。

そんなスタンリーの忘れ物バナシの中で一番すごかったのが、会場に向かう途中のガソリンスタンドに、フォルテピアノの蓋を忘れた、というもの。名高いフォルテピアノ製作家のP.マクナルティ氏がハンドルを握り、スタンリーとフォルテピアノを乗せて、途中、給油するときに、よいしょっと(ここがまったく解せないのですが)蓋を降ろしたのだそうです。それで、そのまま忘れて会場に着いてしまい、大慌てで引き返し、間に合ったんだそうです。スタンリーたちは本番までに間に合ったので、めでたしでしたが、私の遭遇した"脚忘れ事件"のときは、本番、ピアノの脚なしで、テーブルの上に置いて弾きましたからねー。
いやーー、我ながらよくやった!

というわけで、忘れ物をしないように行って参ります!

あ!今日発売のモーツァルトソナタ全集シリーズ「Mozart Speaks Vol.1」こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

来週はオランダから更新できるかなぁ・・・
 

2012.05.09

MUSICA CHIARA

平井千絵むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.14

こんにちは!
木々が一斉に芽吹き、野の花の力強い香が、むわーーっと広がるこの感じ、ほとんどノスタルジックな、懐かしい気持ちになります。そういう匂いに、通りすがりにつかまると、いきなり泣きたいような気分になりま・・・せんか?
すっかり忘れていたような、むかーーしの記憶が急に一瞬の匂いの体験によって、ぐーっとたぐり寄せられてしまう。

海に囲まれた、海抜0以下の国オランダも、湿気の多い国でしたが、日本の乾燥と湿気はやはりアジアのものだなぁと感じます。オランダから持ち帰った温湿度計を見たら、80%の数字が!ざんざん降りの日でも、室内で70%以上になることはまれでしたが、80%とは!
でもその高湿度のおかげで、苔もむすわけだし、タケノコもすくすく育つわけですよね。

ハーグにある日本庭園では、苔を育てるために、様々な苦労をしておられると聞きました。見事な日本的空間を実現した庭園でしたが、やっぱり体にまといつく空気の質感が違うからなのか、そこの池に泳ぐ鯉を見ても、made in Japanと、横文字で書いてある気がしてしまって、しっとりした気持ちになれずに帰って来てしまいました。

フォルテピアノの弦を久しぶりに革の布でぬぐってみたら、さびが付いてきました!
油断していたら・・・。これも湿気のせいと聞きます。ううむ。
来る日本の夏、人間も楽器も、相当な覚悟が必要か・・・。湿気が本当にひどくなると、響版がふくらんで、弦と触れあってしまい、ノイズが出てしまいます。バルセロナでの野外コンサートで、そういう経験を一度したことがあります。バルセロナも海辺のまちでした。

と、いただいたおいしい和三盆糖をつまみながら、緑茶でひとやすみ。
緑茶が美味しく感じるのも、日本のこの空気があってこそ・・・。そして、お水。
お水と空気、このふたつがびしっと揃わないと、美味しく感じないんですね。逆に、日本でいまいちだなぁと思っていたお茶が、ヨーロッパで煎れたら手放せないくらい美味しく感じたということも。なんでも輸入物で手に入る昨今ですが、空気と水だけは・・・大事にしなくてはならないんだとあらためて思います。

あ、雨があがったようです。
雨が上がって日が差すと、よく、ハーグの街はくさーーくなっていました。
レンガの隙間に浸透した、馬車をひくお馬さんたちや、お犬さんたち、お猫さんたちの落とし物などがぷーーーんと上がってくるからなんだそうですが。。。
はっ!またお下品な話題になっていきそうですので、この辺で!

楽しいゴールデンウィークをお過ごし下さい。

2012年4月

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.13

ご無沙汰してしまいました。
雨が続いていますが、しっとりした若々しい緑と花の香りも風情がありますね。・・・実際は、靴の泥はねやらが気になって、あぁレインシューズを買わねばと雨が降る度に思うくせに実行にうつせないわたくしでございますが・・・。

先週は、銀座ぶらっとコンサート ぴあのの部屋Vol.3にお越しいただき、ありがとうございました。オリジナルとコピーのフォルテピアノ、計2台を使って、異なる時代の薫りを楽しんでいただけたかと思います。一台は足で操作するペダルがなく、もう一台のほうは、5つもペダルが付いておりました。

一番左(ワルター)と一番右(グレーバー)の楽器が、当日使った楽器です
http://homepage3.nifty.com/umeoka-gakki/sub4.html

鍵盤の深さや黒鍵の長さ、手触りなどなど、いろいろ違いがあり、なかなか弾きわけは難しかったのですが、作品の時代に合わせて楽器を選べて演奏できることの嬉しさと幸せは、それに勝ってあまりあるものです。みなさまにも楽しんでいただけたなら嬉しいです!

ちなみに
鍵盤の深さ:ワルターの方が深く感じましたが、おそらく1ミリ以内の違いだと思います
黒鍵の長さ:グレーバーの方が8ミリほど長かったです
手触り:グレーバーはオリジナル(約190歳!)なので、弾き込まれた鍵盤ならではの年季の入った手触りがあります。ワルターはまだ新しい(9歳かな)ので、新しい楽器ならではの、フレッシュな手触りがあります。

さまざまな年代のさまざまなタイプのピアノから、一様ではない価値観を教えてもらう毎日です。頭を柔軟にしておきたいと、いつも思います。

もうすぐゴールデンウィークですね。新緑の季節、あたまも体も柔軟にキープできるよう、お天気が良くなったら外で運動もしたいなと思います!
 

2012.04.27

MUSICA CHIARA

トリオ・マカロン@成城ホール

昨日は突然の雷雨にも関わらず、たくさんのお客さまにお越しいただきました。
どうもありがとうございました!

終演後に記念撮影。
左から、ピアノ・ロー磨秀、フルート・上野星矢、クラリネット・吉田誠。
■プログラム■
サン=サーンス: タランテラ Op.6
ドビュッシー: シリンクス(フルート・ソロ)
        牧神の午後への前奏曲
メンデルスゾーン:コンツェルトシュテュック 第1番 Op.113
アルビノーニ:ソナタ 第2番 ニ短調 作品9-2より 2楽章 アダージョ(クラリネット・ソロ)
バッハ:トリオ・ソナタ ハ短調 ~音楽の捧げ物 BWV.1079
ビゼー/ウェブスター: カルメン狂詩曲



 

2012.04.18

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.12

こんにちは!
久しぶりの満開の桜を見上げて、なんだか感動している私です。
風にそよいで散る桜が一番好き、と思っていましたが、風のない青空に、
日本画のような質感で咲き誇るようなあでやかさを見て、桜の迫力と威厳を再発見しております。

来週の水曜日、13時半から、王子ホール ぶらっとコンサート「ぴあのの部屋Vol.3」があります。
出会いと別れの季節、春にちなみ、別れに寄せてというタイトルにしました。
ベートーヴェンが、ピアノ協奏曲第5番“皇帝”を捧げた、ルイ・フェルディナンドというプロイセンの王子がいますが、今回のプログラムは彼がキーパーソンです。
フリードリッヒ大王以来の才能ある軍人と言われた彼ですが、ピアノと作曲の腕は、ベートーヴェンをして、”貴族のたしなみを遙かに超えている”と言わしめたほど。
また、告別ソナタの献呈者、ベートーヴェンの弟子・友人だったルドルフ大公は、ルイ・フェルディナンド王子の崇拝者であり、王子作曲の主題をテーマにして変奏曲を書いているほどです。(フルートをこよなく愛したフリードリッヒ大王の宮殿には、エマニュエル・バッハやクヴァンツなどの高名な作曲家が召し抱えられ、豊かな音楽活動が実現されていました。)
そのルイ・フェルディナンド王子の先生だったのが、ボヘミア出身の美男子ピアニスト・作曲家、デュセックです。美しい横顔を見せつけるために、舞台上でのピアノの置く角度を横向きにした、歴史上最初の人と言われています。
その風習が今だに残っていて、ほとんどすべてのピアノリサイタルで使われています。
彼らの交友関係、なかなかに興味深いものがあります。

来週の午後、歴史の一コマを味わいに、どうぞいらしてください。
いい曲揃い、という点、太鼓判です!



 

2012.04.11

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.11

先週はいきなりくだけた感じになったねという声多数でしたが、また読みに来てくださってありがとうございます。

フォルテピアノ弾きのレパートリーは何か、よく訊かれます。私の場合、今のところは、古いところではJ.S.バッハの一部と、バッハの息子たちの作品から始まって、ショパンあたりまでです。バロック作品から現代曲までまんべんなくカバーする通常のピアニストに対して、わたしたちフォルテピアノ弾きは、各作曲家が使っていた(であろう)楽器と音色を選択することにこだわっているので、入手できる楽器によって、レパートリーが左右されます。

来月デルフトの近くの教会で、スタンリー・ホッホランドさんと連弾のコンサートをしますが、メンデルスゾーン、モシェレス、シューベルトというプログラムです。スタンリーの所有する、ベームという1825年頃の楽器を使うので、実現できるコンサートです。黒鍵が長くて細く、カドが丸くなっていて、白鍵によろっと滑り落ちそうになるほどですが、手を置いた瞬間、あぁ、シューベルトの時代のピアノだ!と指が実感しているのを、実感します。

変わってるねー―と言われそうですが、相性の合わない楽器と合う楽器とでは、指を置いたときの汗の出方が違うんです。・・・こうして書いていて、なんてマニアックなことを書いているんだろうと思ってしまいました。が、事実です。

相性が合う合わないと言えば、ある楽器とある曲、ある楽器とある作曲家の相性もいろいろあるな、と感じます。各国を旅して演奏して回った作曲家たちの作品は、楽器を選ばないオールマイティさがあったり、移動した時期によって作風が違って、要求される楽器が違うことが多いですが、シューベルトのように生涯のほとんどをウィーンで過ごした、というような作曲家の場合、ウィーンで作られた楽器との相性は、抜群以外の何者でもありません。そういうベストマッチな幸せを、指がよろこんでいるのを感じるのが、フォルテピアノ弾きでよかったなぁと思える、とても好きな時間です。 

2012年3月

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.10

こんにちは。今日も読みに来てくださってありがとうございます。

ちょっとあたたかくなってきました。風は冷たいのに、晴れの日の陽差しはとても強くて、思わず、"にほんだなぁ!"と実感。しみ・そばかす、すぐできそうでコワイです!

最近オランダの女性もおしゃれになって、UVカット入りのファンデーション付けたりしているけれど、98年にオランダに着いた頃は、多くの女性がメイクをしていなくて、びっくりでした。ファンデーション付けずにアイメイクだけ、でもおしゃれのためのメイクはしてるという女性はフランスでよく見ましたけど、当時、ほとんどのオランダ女性がノーメイクだったのではないかなぁ。雨の日(はんぱない雨降りの日ですよ)でも、勇ましく自転車通勤・通学・お買い物が普通のオランダですから、まぁメイクやらヘアーのセットやらする甲斐がない、っていうこともあります。デリケートな素材のコートなんて、出番ないですねぇ。年中横殴りの風と雨!ですから。あぁ、最近は車で移動するおしゃれさんが増えたのかな。国が、電気自動車の普及に力を入れたり、自動車に関わる税金アップを進めているっていうことは、車の利用者が増えているということなのかもしれない。

当初はオランダ人女性のおしゃれしない度を、冷ややかに眺めていた自分が、いつの間にやらすっかり仲間入り。仲間入りしすぎて、ここ4,5年急激におしゃれ指数が上がってきた彼女たちにいつの間にやら取り残された感すらいたしまして、心の底より焦る今日この頃です。


焦ると言えば、この13年の間に浸食、いえ、多大なる影響を受けた、自分の食に対する感覚。オランダのパンなんてまずくてまずくて!と豪語していたかつての自分、どこいった。日本にいれば、アタマのなかは始終、パンのことでぐるぐるぐる。あぁ、あの、ドイツのパンほど重くなく、酸っぱくもなく、フランスのパンほど洗練されてもいず、イタリアのパンほど食事に頼る必要性もない、ほどよく中途半端で中間カラーの、あの、オランダならではの、なんちゃって全粒粉パンが恋しい!あのパンに、バターとハウダ(ゴーダのことをこう発音するですねぇ)チーズをのっけて、はむはむっと食べる、朝食と昼食。真っ黒に焙煎した(こげっぽい)コーヒー豆で濃―く入れたコーヒーを大きなマグに入れて、たっぷりのミルクと(私は入れないけれど)がばっと砂糖を入れて。ピンダカース(=ピーナッツペースト)と種類豊富でお手頃なはちみつやお砂糖・添加物の入らないジャム、ミューズリやヨーグルト。ぽんと並べるだけでOKの、洗練とはかけ離れた、時間をかけない、食卓。食事なんかに時間かけてたまるかいな、もっとやりたいことあるんだから座ってるのがもったいないわい、次の行動にさっさと移りまっしょとでも言いたげなパワー。意外にも、ミネラルやビタミンは摂れているメニューというのだから、たいしたモンです。これを、几帳面に毎日、毎朝・毎昼。おじいちゃんおばちゃん世代のチーズやパンの保管方法や、ジャムの瓶をきっちりもとの棚に戻すやり方を見ていると、ほんとうに几帳面。ミルクを沸かしたあとのキッチンコンロは、毎回ぴっかぴかに磨き上げられる。ワイルドでわっせわっせとしたパワーと、同じことをきっちりやり続ける几帳面さとのコントラスト。

オランダの食文化と音楽の関連性(あぁやっと、音楽の話になった。セーフ。)を、来月先行発売される新しいCDに関する書き物をしながら、つらつらと思っていたときに、あぁこれって、自分がいいなと思う音楽と似ているなと思ったわけです。雑なところがあるんだけれど、その分ピュアで正直。すっごく繊細なところに神経が使われていて、仕事は丁寧。うん、オランダの大胆さと、日本の職人技の域が合わされば、百人力ですな!その両方の領域において、中途半端なブローチェ・カース(チーズ・サンド)になってしまわないように、がんばろうと思いました。

来週はもう、桜が咲くでしょうか。
 

2012.03.29

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.9

日本の陽差しってほんとに冬でも強くてパワーがあるなあと思う、今日この頃です。
そして、梅の花の静かな華やかさ(梅の枝って、桜みたいに撓らないから、なんだか静的なパワーを感じます)に、はぁと見ほれてしまいます。

そういえば。
私の使っているフォルテピアノの中でも、幾つかのモデルには足で踏むペダルが付いていません。
というわけで、今日はペダルのお話をしようと思います。
チェンバロっていう楽器、ご覧になったことありますか?
木目を活かした外見の、さっぱり美人・フォルテピアノに比べ、色鮮やかな装飾がほどこされた、ゴージャス美人な楽器です。
歴史的には、チェンバロの時代の後、フォルテピアノの時代が来ます。
貴族が愛したゴージャスな楽器、チェンバロの時代が終焉を迎え、中産階級の、貴族ではないけれど経済的にも文化的にも高いところを目指す人々が、新しい時代の息吹を感じさせる新手の楽器として、”非貴族的な”外見を好んだのは、納得できますよね。
ビーダーマイヤー様式という、家具に代表される、シンプルであたたかみのある、丸いフォルムのスタイルが流行ったのは、フォルテピアノ人気が全盛期を迎える1820年前後のドイツ語圏でのことですが、家庭内で心地よく過ごそうという人々の嗜好を反映しています。
大小の家庭音楽会があちこちの家で開かれたのも、この頃です。
わたしの持っている、ローゼンベルガーというウィーンの楽器は、まさしくビーダーマイヤー期のものです。

さて、話をチェンバロの時代に戻し、ペダルのお話を・・・。
チェンバロにはごく一部のモデルを除き、足で踏むペダルはありません。
その代わり、手で操作するレバーが付いていて、音色を変えることができます。
歴史に登場したばかりの初期のフォルテピアノも、チェンバロと似ているところが多々あり、そのひとつが、足の代わりに手で操作する”つまみ”と言いますか、ストップと言われるものが付いているというところです。
そう、ピアノを弾かれる方ならすぐ疑問に思われると思いますが、両手が空かないと、”ストップ”操作ができないので、両手演奏中のダンパーペダル使用はできないんです。
鍵盤から手を離して、”つまみ”を押したり引いたりするので、どちらかの手が空いたとき、すなわち休符のときに、操作することになります。
自然に、ペダルを使う場所が決まってきますよね。
そのせいで、モーツァルトを現代ピアノで弾くときにはペダルを使わないで、なんて言われているんでしょうね。
わたしは、滝業のような苦行はせず(爆)、現代ピアノ上でもっとも自然に流れるような方法で音楽をするのがいいと思いますが・・・。

さて、時代が進み、モーツァルトが亡くなり、ベートーヴェン30歳の1800年頃になると、膝で操作する膝レバー式のダンパーペダルを備えたフォルテピアノが一般的になってきます。
それでも、モデレータと呼ばれる、音をくぐもらせる機能を持ったストップに関しては、まだ手で操作するのが一般的でした。
膝レバーは鍵盤の下に付いており、膝で押し上げて使います。
わたしのワルターには、膝で操作するダンパーペダルと、手で操作するモデレータが付いています。
一度ならず何度も、演奏中に膝で楽器を持ち上げてしまったことがあります。
特に、月光の一楽章のように、静寂の中の緊張感、を要求させる箇所、ずーっとPPで、ダンパーペダルを上げっぱなし(=使いっぱなし)のときに、起こります・・・。
テンペストの一楽章出だしで早くも気づかないうちに楽器を持ち上げていて、2小節目終わるところで膝ペダルを離したら、持ち上がっていた楽器が、ガタッ!!!と落ちて、すごい音が会場に響き渡ってしまったことが。
しかも、教会だったので、すごーーーい音に自分がびっくりして、飛び上がりながら続きを弾いたことがあります・・・
それから、モデレータのつまみが湿気かなにかで動きにくくなっていて、いつもと同じ力でひっぱったのに出てこず、ん??!?!となったこともありますし、勢い余ってひっぱり過ぎて、ぐゎったん!!となったことも。

まぁどじ話はこのくらいにして、また来週、読みに来てください。

 

2012.03.21

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.8

前回から引き続き、調律のお話です。
が、今日は(今日も!)ちょっと横道にそれて、わたしが調律の醍醐味を初めて味わったときの話をしたいと思います。

そもそもフォルテピアノを習い始めてすぐ、練習する楽器がない、という問題にぶち当たりました。
調律の練習ももちろんそうですが、弾く練習をするための楽器です。
家にあるのは当然、現代(モダン)ピアノ、タッチもなにも違いすぎて、レッスンで急にフォルテピアノに触ったって手も足も出ない状態でした。
大学卒業後、故小島芳子先生の門をたたいたわけですが、1回目のレッスンのあと、彼女のセカンド楽器(シュタインのコピーでした)を自宅に運んでくださることになり、突如として、調律のちょの字も分からない私のもとに、フォルテピアノがやってきました。
さぁ、翌日から試行錯誤、実験の日々がやってきました。
今振り返ると、めちゃくちゃ楽しくて素晴らしい時間でしたが、そのときは、専門書を片手に、耳と神経を総動員して大汗かきながらおそるおそるチューニングピンを回していました。
鍵盤の端から端まで調律し終わると、日が暮れている、という日々・・・。
難しかったけれど、時間もかかったけれど、熱中、夢中でした。
純粋な長3度の響きを経験し、そのまっすぐな強さ・パワーにすっかり魅了されてしまったからです。
初めて”うなり”のない3度の響きを自分で見つけられたときは、まるで時が止まったんじゃあないかと思うほど衝撃的でした。
こんな世界があったんだ・・・!と。
3度音程が、こんなに一途で、貫くようなパワーを持っていたなんて。
なんというか、見てはいけない世界をのぞいてしまったなと。
見ちゃったからにはもう、後には退けないぞという予感がしました。
現代ピアノの調律法(平均律といいます。それに対する言葉は、不等分律)では、3度はすごく広く取ってあるので、激しいうなりが生じ、
落ち着きのない、輪郭のぼやけた響きになってしまいます。
純粋な淡水にちょっとづつ墨を足していくように濁りを加え、調整して音律を作っていく作業は、楽しくて仕方なかったですし、
自分で調律して整えた楽器で、慣れ親しんだ曲を弾く、新しい響きが耳に入ってくる、その驚きが嬉しくて、ありがたいなぁ幸せだなぁと思いました。
こんなふうにして、”みんなが弾いている”ピアノではない、むかしの変なピアノの世界にどんどんはまり込んでいくことになります。

・・・というわけで、もし変わりものの仲間入りをしたくなったら、4月から生徒募集いたしますので、お気軽にご連絡ください。
フォルテピアノに挑戦したい、はたまたモダンピアノでモーツァルトやハイドン、ベートーヴェンを悩まずに弾きたいんだけど、という方、一緒に楽しみましょう!
ではではまた来週に!

 

2012.03.14

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.7

みなさま こんにちは。

前回から、フォルテピアノとの生活に欠かせない、あれやこれやを紹介しております。引き続き、調律のお話です。

調律って、調律師さんのお仕事でしょ、自分でできるようなものじゃないんじゃないの?とわたしも思ってました。確かに、現代ピアノに近い時代のフォルテピアノになると、弦も相当強く張られるようになりますので、チューニングハンマーを回すのが億劫になります。固いし、よし、回った!と思ったら今度は、止めたい場所で止まらずにぐいーんと戻ってしまったり、行きすぎてしまったり。

チューニングハンマーというのは、弦が巻き付けてあるチューニングピンに差しこんで回し、音を合わせるための道具です。耳でいくら聴けていても、弦を止めるための“回しのテクニック”は調律師学校に行かないとあかんのかなぁと思います。

今日はチューニングハンマーを持つところで、短いですが来週に。

2012年2月

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.6

みなさま こんにちは。
再び読みに来てくださってありがとうございます!
今日はちょっと寄り道で、フォルテピアニスト平井サンのある日を例にとって、フォルテピアノとの生活をご紹介します。

さぁ練習するぞ、と思ったら、調律チェック。
昨日はかんかん照りだったけど、夜中から雨が降ってしまいました。
そんな日の朝、蓋を開けたらすぐに昨日と同じ状態で弾き始められるかというと・・・。
多くの場合、ペケです。
鉄骨のフレームが入っていないフォルテピアノの場合、
環境変化に繊細なので、木のケースや革のハンマーヘッドが湿気を吸って膨らんだ分変化して、音が合わなくなることが多いです。
では調律をして、気持ちよく音を合わせて練習に入りましょ!
全体がどの程度狂っているかまずざっと音を聞いて、チェック。
個人練習のみの日は、ピッチをあまり気にせずに、全体の音合わせだけします。
他の楽器とのリハーサルがある日は、ピッチを気にしながら、調律します。
・・・ピッチとはなんぞや?
・・・調律って何?
はい、ピッチとここで言っているのは、音の高さ。
現代ピアノの真ん中のラの音は、440ヘルツと決められています。
1939年に国際会議(!)が開かれて決められたそうです。
フォルテピアノが使われていた時代、ラのピッチは415から438あたりだったと言われています。
残っている当時の音叉(叩くと一定の音がする金属製の棒)や、
管楽器を調べると、当時使われていたピッチがおおよそ分かるようです。
現在では、世界各国どこに行っても、ラは440から442、と決まっています。
でも、当時は国や街によって、ラの高さがまちまちだったようなのです。
もちろん、現在でも、アメリカのオーケストラとヨーロッパのオケでは、ピッチが違いますが、
その程度の微妙な差ではなく、鍵盤で言うと鍵盤一つ分近いの差が、各国、各街の間であったというのですから、驚きです。
自分のラと相手のラのフラットが同じ高さだった場合、自分の持っている楽譜の音に、すべてフラットを付けて演奏しなければならないわけです。
パリのフルーティストがフルートを持ってマンハイムに出かけたら、マンハイムの音楽家たちのピッチと、自分がパリから持ってきたフルートの
ピッチが合わなくてすぐ演奏できなかった、というような話はたくさん残っています。
自分の楽器のラの高さと、旅先のオケのラの高さが、ソとかシに聞こえるほど違うなんて現象、現在では有り得ません。
ラの音の高さが国際会議で決められる1939年以前は、各国それぞれの基準で、それぞれの音楽をしていたわけですね。
横一列並びじゃないこのカオス感、いいですね~
フォルテピアノの鍵盤の幅や重さ、長さが各地で違っていたというのも、なんだかうなずけます。
違う場所に行ったら違う何かに出会えるということ。最近のヨーロッパですら少なくなってきています。
どこへ行っても、McD___ldやStarb__sがある時代。
その街独自のにおい、みたいなものが、恋しいというか欲しいなぁと思うこの頃でございます。

おっと!
また長くなってしまいました。
フォルテピアノと過ごすある日の風景、を描くはずが、まだ練習にまで
いっとりません。蓋がやっと開いた状態です。
来週は音が出るところにまで行くでしょうか?!

私事ですが・・・
昨日、息子が初めてつかまり立ちをしました。
ちび怪獣くんと日々、格闘中でございます。
それでは!



 

2012.02.29

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.5

さて今日は、フォルテピアノの辿った道のりについてです。フォルテピアノ、と一口に言っても、実にさまざまな外観を持つことをご存じの方もいらっしゃると思います。色、かたち、大きさ。たった10年違っただけで、同じ国で作られたフォルテピアノであっても驚くほどの違いが見られます。約200年かけて少しずつ現代ピアノへと変身した、その道筋すべてがフォルテピアノの姿なので、フォルテピアノはひとことでは言い表せない多様なスタイルを持つものだ、ということになります。

フォルテピアノ、という呼び方はあくまで総称です。何の総称かというと、初期のものから、現代ピアノに至るまでの打弦構造を持つ多様な鍵盤楽器の総称、です。大きさ(鍵盤数も縦の長さも)、鍵盤の色、等々ずいぶん違います。しっぽの形も違いますし、脚の太さもデザインも。そしてもちろん、木の種類も。左が一番古いいわゆる初期のフォルテピアノでモーツァルトやハイドンの時代の楽器で、一番右の楽器(青年ショパンがパリでデビューするかしないかくらいの年代の楽器です)との間には42年しか時代差がないのですが、外観だけでもこんなに違いがあります。音色は・・・もちろんびっくりするほど違います。タッチも・・・時代が後になるにつれ、だんだん重くなっていきます。鍵盤を打つハンマーが(音量増加を求めて)大きくなっていくからなんですが、上述2台の楽器の間ですでに数倍の違いがあります。

そういうわけなので、フォルテピアノってどういう格好をしているんですか?と訊かれて答えるのは、なかなか難しいのです。
「ええと、18世紀末ウィーンの初期のモデルに関して言えばですねぇ、主に使われていた木材はxxxで、ハンマーヘッドの革の材質はxxxですが、巻かれ方は・・・」
なんていう、長ーーい話になってしまうんです。フォルテピアノの鍵盤の色って、白黒逆転ですよね?って、きらきらした眼差しでみえるお客さまに、
「えー、はい、初期のものはまぁ、はい、そうです」
などとハッキリしないお答えを返して、きらきらお目々をはてな印に変えてしまったこと、多々あります(沈)。


白黒逆転鍵盤は、チェンバロの時代、標準仕様でした。チェンバロの時代というのは、フォルテピアノの時代が始まる前までの18世紀末まで、と“今は”言っておきます。撥弦構造のチェンバロ(弦を爪ではじいて音を出す仕組みです)を改造して、打弦構造(=弦をハンマーなどで打って音を出す仕組み)を組み込んだ、“初期の”(またこの言葉ですねぇ、すみません~)フォルテピアノの鍵盤は、チェンバロ時代の名残を残して、現代ピアノと比べると白黒逆転でございます。なので、わたしがモーツァルトのプログラムで使う楽器は
鍵盤の色もこのようになっております。

フォルテピアノが生まれる前は、オルガン、クラヴィコード、そしてチェンバロという鍵盤楽器を使って、人々は音楽を楽しんでいました。そこに、もっと”違う響き”を求めた時代の欲求により、フォルテピアノという新しい楽器が生まれ、チェンバロに代わって人々の気持ちを惹き付けるようになりました。その今までになかった“違う響き”とは、“弱音の魅力”と“音量を自由に変化させることのできる柔軟性”です。ここ、素敵なポイントなので、回を改めてもっと詳しくお話します。

でもね、ん?と思いませんか?弱音の魅力を追求したくて生まれ、またたく間に人気をさらったフォルテピアノだったのに、わずか十年かそこらの後には、音量の増加を求めて巨大化への変化が始まるんです。より大きいハンマーで打って、初期のピアノにはなかった金属のフレームと堅牢なフレームで楽器全体を支えようというアイディアになってきます。

上記紹介したサイトは、ポール・マクナルティ氏、ヘラート・タウンマン両製作家のページです。日本でも、フォルテピアノ製作家の方、あちこちにいらっしゃるようで、是非是非お会いしたいと思っております!チェンバロ製作家さんは、ほんとうに多いんですよ、日本。良い国だ~。オランダ村のことしか知らないので、どなたかいろいろ教えてください。よろしくお願いします。


みなさんの地域では、梅の花、もう開きましたか?では!
 

2012.02.22

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノ Vol.4

みなさま、こんにちは!
引き続き、フォルテピアノの特徴、今日は特に現代ピアノとの違いについてお話したいと思います。
前回は、鍵盤の数、そして幅と長さ(奥行き)について主にお話いたしました。
そういえばかつての自分は、”むかしのぴあの”の鍵盤数が、現代ピアノよりも少なかったことを知りませんでした。
現代ピアノだけで演奏していた頃は、どうしてモーツァルトやベートーヴェンは好き好んで、真ん中辺の音域だけ使って作曲したのか、不思議でしょうがなく、不可解でした。
音形だけ見ると明らかに軽さのある表現が求められているのに、軽やかな高音域エリアが使われないこと、それからもっと思い切って低音の
パンチを効かせても良かろうにと思われるところで中音域帯に留まっていることへの疑問は、初めてフォルテピアノを弾いてみて、一気に氷解しました。
モーツァルトもベートーヴェンも、彼らの時代のピアノの全音域をめいっぱい使って作曲していたんです!
62鍵すべてをフル活用していたんです。
その曲を、現代の88鍵のピアノで演奏していたから、鍵盤の両端は使われないでいて、手持無沙汰な感じだったんですね。


フォルテピアノの最高音域は、もうほんとに、”ここまでしか出ません!”な音がするんです。
高い音まで歌おうと思って、必死で声を張り上げていくと、人間、だんだん声が細くなっていきますよね。
あんな感じです。(あ、マイナスイメージでとらえないでくださいね。)
ぼく、機械だからどんなことでもできるもんね、という可愛くない余裕はありません。(笑)
もうここまででぎりっぎりです!声域の限界です!という人間的な(とあえて言ってしまいます)
愛おしさがあります。
弱さとか、不完全さは、性格です。弱点ではなくて、キャラです。
完全無敵な美人じゃなくても、なんだか素敵な顔、に出会って魅かれるような。
そういうキャラ美人(!)な楽器を使った結果生まれたのが、あのモーツァルトの完全なる美なのかと思うと、モーツァルトの芸術が、自分と同じ人間の手によって作られたものとして急に近づいてくる感じがしますし、抽象的な音の列びではなく、セリフやおしゃべり、レチタティーボのように聞こえてきます。

フォルテピアノと現代ピアノの違いは他にも、
1)フォルテピアノ(以下、FPとします)は、弦がすべて並行に張られているけれど、現代ピアノ(以下、Pとします)は交差していること。

2)弦をたたくハンマーの大きさがFPの一番ちいさいもので女性の小指の爪ほどのものに対して、Pは少なくともその8から10倍の大きさであること。

3)楽器をサポートする金属の鋳物が初期のFP*には入っていないので、本体自体が70キロ程度だけれど、Pは300キロ以上あること。

*初期のFP、という呼び方をしたということは、お察しの通り、FPは徐々に巨大化しながらPへと変身していくわけですが、この変身についてはまた
回を改めます。


さて、子供の頃から音大をピアノ科の学生として卒業するまで、わたしの中で大きな疑問かつフラストレーションだったことのひとつに、Pの音の性質があまりにも弦楽器や歌とかけ離れている、ということがありました。
当時最大の悩みは、どうやってひとつの音を消したいように消すか、ということでした。
ピアノ以外の楽器は、伸ばしている間、ひとつの音を、弓や息の圧力をコントロールすることによって、自由に膨らませたりボリュームダウンすることができます。
当然、好きな切り方で音を切ることもできます。
PもFPも一度鳴らした音は、減衰していくのみで共通した特徴なのですが、長い時間掛けてゆーっくりボリュームダウンするのが、Pの性質であるのに対して、FPは減衰スピードが速く、音が消えるまでの時間が短いです。
後期ロマン派以降の息の長ーーいフレーズ感には、Pのたっぷり感が必要ですが、ハイドンやモーツァルトの滑舌の良さとおしゃべり感を出すためには、いつまでも消えずに伸びる音という特長が、あだになってしまうのです。
くっきりキラキラ硬質で、さっと溶けてなくなるようなFPのキャラを持ってすれば、自然体に音楽を語ることができることを体感して、なんて気持ちよいのだろうと感動しました。
なにかトリックを使わなくても、素直に音楽に向かい合い、表現することができる、その正直さというか真っ直ぐさにひかれ、FPと生活を共にすることを決めました。

というわけで、本日はこの辺で。
また来週にご期待ください。
 

2012.02.15

MUSICA CHIARA

平井千絵 むかしのぴあの*フォルテピアノVol.3

みなさん、こんにちは。

今日は予告どおり、フォルテピアノってなんだろう?です。私が演奏しているフォルテピアノ(以下、Fp)とは、ひとことで言えば、現代のピアノのご先祖様。神童モーツァルトやピアノの詩人ショパンの使っていたピアノで、それらは、現代の真っ黒いグランドピアノとは見かけも音色も全く違うものでした。チェンバロに代わる新手の楽器として瞬く間に人々を魅了したフォルテピアノは、誕生後100年ほどの間に、現代ピアノ(フォルテピアノに対してモダンピアノ、と呼び分けられます)へとじわじわと変貌を遂げましたが、最初期のフォルテピアノは、88鍵のモダンピアノに比べ、62鍵。鍵盤の重さは半分以下、鍵盤の深さは六分の一ほどで、空を駆け回るようなモーツァルトの闊達さにぴったりです。

時代が30年ほど経って、ベートーヴェン晩年のころになると、音域は最大79鍵にまで拡大され、鍵盤を押し下げるときの手ごたえ(タッチ、と呼んだりします)もだいぶ重くなってきます。ところが、どのフォルテピアノ製作家も一斉に同じような規格で楽器を作ったかというとそうではなくて、鍵盤の幅ひとつ取っても、一台一台ばらばら。決まった規格はありませんでした。今では、どこのピアノも、鍵盤の幅は同じです。世界を旅する演奏家にとっては、ありがたい状況ですね。19世紀、ロマン派に生きた旅するピアニストのひとり、メンデルスゾーンやクララ・シューマンなどは、旅先のピアノによって、がらっとタッチや指使いまで変えていたことでしょう。私自身も、一度コンチェルトの演奏会で用意されたフォルテピアノの鍵盤の幅が、極端に狭くて長い(奥行きがある、と表現すればいいでしょうか)ことがあり、最低音部に向かってジャンプするところで、行き過ぎて、鍵盤のないところに着地してしまった経験があります。

・・・今週も長くなってしまいましたので、この続きは来週に。なぜフォルテピアノにそもそも惹かれたのか、というお話もしたいのですが、来週に両方語ることができるでしょうか?! 

ますます寒さ厳しい折、お元気に過ごせますように。また来週、覗きにいらして下さい。